「靴下の町」のはじまり

糸季の本社は奈良県広陵町にあります。

約100年前より靴下の生産をしており、現在では日本一の生産量を誇ります。

 

時々、お客様より「広陵は靴下有名よね」という嬉しい言葉をいただきますが、

もう少し知名度を上げたいところです。

奈良県の人でも広陵町がどこにあるのか知らない…なんてことも。

地図は調べるとすぐにわかるのでここでは割愛しますね。

 

では、なぜ広陵町で靴下産業が発展し、今も続いているのか。

 

…どうやら気候が大いに関係しているようです。

 

広陵町の地図を見てみると、一つ特徴があります。

それは「ため池」が非常に多いこと。

今でこそ住宅地のために埋め立てが進んでいますが、数十年前の地図にはいたるところにため池が。

ため池が多いということは、つまり「雨が少ない」ということです。

貴重な雨水を貯めるため、かつてため池が多く作られました。

 

雨が少ないのは生活に大きく影響します。

当時は農業で生活を支えていたため、多くの水を必要とする稲作があまり発展しませんでした。

 しかし江戸時代になると、貨幣経済の普及により状況が大きく変わります。

米だけではなく、お金になる特産品の生産が全国的に始まったのです。

 

そんな中、この地域で栽培されたのが「綿」でした。

少ない水で栽培でき、すぐにお金になる綿は、多く栽培されるようになりました。

この辺りで栽培される綿は「大和木綿」と呼ばれ、「大和絣」など布製品も有名になっていきます。

 

こうしてこの地域に繊維産業の基盤ができていったのでした。