日本一の「靴下の町」へ

 

 

 前回のブログで、糸季の本社および工場のある、奈良県広陵町について書きました。

かなり日があいてしまいましたが、、本日はその続きです。

 

 日本における靴下の歴史は以外と短く、約140年だそうです。

140年を短いと思うのは1300年の歴史を誇る奈良県にすんでいるからでしょうか。

はじめに東京で靴下生産が始まり、奈良県に伝わるまで3.40年かかったそうです。

世界中の情報がすぐに届く現代では考えられない時差ですね…

 

木綿栽培が盛んになった奈良県広陵町では、問屋などの関連事業が次々登場します。

糸紡ぎや、機織りなど、分業化も進みました。

1820年頃、疋相村で綿屋弥平が、繰り綿を作る 綿繰問屋 を営んでいました。

この「綿屋弥平」がわれわれヤマヤ株式会社の起こりです。

 

少ない米の生産量を補うべく普及した木綿業でしたが、

明治時代になると海外から綿が大量に輸入されるようになり、日本の綿作は衰退していきます。

 

そんな中、疋相村の吉井泰治郎がアメリカより靴下編み機を導入します。

この手回し式の靴下編み機がきっかけとなり、疋相を中心に靴下製造が広まり、

昭和のはじめには県内の靴下製造の主産地、さらに大正時代には全国4位の

靴下生産地となったのです。

 

戦時体制になってからは、業者は激減しましたが、

戦後の混乱した経済環境の中で再び手回しによる靴下生産を行い、靴下産業が再建していきます。

染色や刺繍、機械生産といった関連産業も同時に成長し、町内での分業体制が確立されました。

 

このような経過を経て、奈良県広陵町は日本一の靴下生産量を誇る「靴下の町」となったのです。

 

 まだまだ奥深い靴下の世界、もっと勉強しようと思います。

 

 

『広陵町の靴下百年史』参考

 

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コメント: 3
  • #1

    西村恵美子 (水曜日, 25 1月 2017 12:54)

    2017年1月25日お昼のテレビで靴下の町と云う事で工場や色とりどりの靴下マフラー等紹介して
    いましたので私は脳出血で左半身片麻痺です。お店で靴下探すのに苦労していました。
    5本指の靴下と通常の靴下も欲しいです色々ネットに色やサイズその他の商品も載せてください。
    先程電話で連絡した者です。宜しくお願い致します。ちなみにヤフー画面に{視床痛と笑顔}でブログ書いています。のでお時間ありましたら覗いてみてください。

  • #2

    Terrell Felipe (木曜日, 02 2月 2017 02:14)


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